大田区からハマの星に祈りをこめて

ベイスターズの試合について熱く書いていきます。

横須賀で流した汗は人生の宝 #101

1980年。
世界のホームラン王 王貞治が引退。


ある少年ファンは尋ねた。


「王選手が辞めた後、ジャイアンツの4番は、ファーストはどうなってしまうんですか?」


「4番も、ファーストも、山本功児選手がいるから大丈夫だよ」



後に川崎球場を本拠地としていたロッテオリオンズに移籍。


引退後は、千葉ロッテマリーンズの監督、読売ジャイアンツのヘッドコーチを務めた。


偉大な野球人を父に、彼はこの世に生を受けた。


1998年2月17日生まれ。
横浜市出身の20歳。


既にコーチを退任していた父は手塩にかけて彼を育てる。


その思いに応えて彼も成長していく。


福岡県の九州国際大学付属高校へ進学。


甲子園にも出場し、プロ志望届を提出。


2015年ドラフトでベイスターズから育成2位で指名される。


「育成でも支配下でも、野球をできることに変わりはない」と入団を決意。


晴れての親子鷹のプロ野球選手となった。


2016年4月23日。
父は肝臓がんのため逝去。
息子の一軍デビューを見届けることは出来なかった。


2018年10月3日。
ベイスターズの選手としての契約の終了が発表された。


環境を変えて野球を続けるのか。


新しい道に進むのか。


いずれの道を歩んだとしても、ベイスターズのユニフォームを来て、横須賀で流した汗は人生の宝。


親子して、プロの道に進めたこと自体がもの凄い事なのだ。


ハマの武白志は、これからもフルスイングで進む。



ここで一発 ムサシ!
ここで一発 ムサシ!
ライトへ レフトへ ホームラン
それゆけ それゆけ
それゆけ ムサシ!


かっ飛ばせ! ムサシ!


横浜DeNAベイスターズ。
背番号101。
山本武白志。


I PITCH FOR YOU.
「感動球魂」が自分の礎。


VICTORY is within US.