大田区からハマの星に祈りをこめて

ベイスターズの試合について熱く書いていきます。

ハマの背番号7 #7

2018/08/02(木)
B2-3G
勝 メルセデス
負 ウィーランド


横浜夏の一大イベント「YOKOHAMA STAR☆NIGHT 2018」で、裏ローテーションのジャイアンツ相手にまさかの3連敗。


こんな姿を誰が予想しただろうか。


「このまま終わる訳にはいかない」と本気で這い上がるためには、何が必要なのだろうか。



この日のスタメンには、久方ぶりに背番号7の姿があった。


試合前のアップでは、横浜高校の後輩の倉本寿彦、筒香嘉智、乙坂智らの中心に立ち、笑顔で声を交わす。


横高の団結の姿。
そして、彼の人柄が伺われた。


DeNA初代キャプテンにして、チーム生え抜き最年長の彼への声援は予想以上。


スタメン発表時の怒濤のような歓声は、ベイスターズファンの彼への熱い思い入れの表れだ。


良い時も、苦しい時も、みんなその姿を見つめ続けてきたからだ。



ハマの背番号7といえば、鈴木尚典。
1997年に首位打者を獲得。
1998年に背番号を51から7に変更。
2年連続首位打者にして、日本シリーズMVP。


栄光の歴史を背番号7に刻んだ。



「あの頃の横浜と試合をするのは本当に楽しかった。野球人冥利につきた」


こう語るのは、仁志敏久。
ジャイアンツで何度も優勝を経験してきた彼が、1998年前後のベイスターズとの戦いをこう捉えていたのだ。


その仁志が横浜にやって来た。


出場機会を求めて球団に直訴。
お互いのそれまでの実績から考えれば、異例ともいえる小田嶋正邦とのトレードが実現。


入団会見では青いネクタイで登場。
身も心も青く染めてベイスターズの一員となった。


背番号は日本生命時代に背負った7。


「夏は暑いし春先は寒い。雨も降れば風も吹く。だが、これが野球なんだ。原点に戻らせてもらった」


どん底に喘ぎ、負け犬根性に侵されたチームにあって、プロフェッショナルであり続けた。


「ベイスターズOBとして言わせてもらえば」
との語りから始まる解説は、明瞭かつ知的。
そして、後輩たちへの厳しくも温かい思いに溢れている。


仁志の退団後、伝統の背番号7を彼は引き継いだ。


鈴木と同窓の横浜高校出身。
仁志と同じ内野手。


走攻守の才能は誰もが認めていたが、課題も多くブレイクしきれていない中での継承。


ファンから厳しいヤジも飛ばされた。


そんな彼は、新生DeNA球団の初代キャプテンに抜擢される。


ある日、中畑清監督はあえてカメラので前で彼を叱責。二軍降格を直接命じたこともあった。


「チャラくて軽い」ように誤解されがちだが、闘志を内に秘めるタイプ。


その証拠に、後任のキャプテン筒香嘉智がその就任時に真っ先に相談にのってもらったのが、高校の先輩でもある彼だったのだ。



泥沼にハマりつつある今シーズン。


辛い冬の時代を生き抜いてきた生え抜き最年長野手の彼の役割は大きい。


諦めたらそこで終わり。
背番号7が今一度、チームに輝きを取り戻させるのだ。


栄冠掴むその日まで
恐れず飛び込めベースへ
君の熱き血潮で
燃えろ 雄洋


横浜DeNAベイスターズ。
背番号7。
石川雄洋。


SIETE BRILLANTE.
背番号7よ、輝け!


VICTORY is WITHIN US.